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まゆたまガジェット開発逆引き辞典

電子工作やプログラミングのHowtoを逆引き形式で掲載しています。作りたいモノを決めて学んでいくスタイル。プログラマではないので、コードの汚さはお許しを

スパイスかけるとおいしいよ、でいいじゃん

お正月早々、アーティストの村上隆さんとアニメーション監督のと北久保弘之さんがTwitter上で村上さんの作品についてトークバトルを繰り広げられていました。
そのときのまとめがここ
村上さんの作品といえば、まるでアニメフィギュアを大きくしたようなでもちょっとおかしな彫刻で有名ですね。

このBlogは基本的に技術情報メインで書いていますが、今回は閑話休題でちょっと村上隆さんの作品についての話題を書きました。

というのは、村上さんの作品はいわゆる「オタク」と呼ばれている方々から敬遠されているようですが、その理由と村上さんの作品を分析することで「人はなぜ無機物に感情移入できるのか」という問いに答えられるかも?無理だとしてもヒントになるかもと感じたからです。

その前にひとつ。
村上隆さんと北久保弘之さんがすれ違っている理由はいろんな方が解釈されていますが、私は「"現代美術を鑑賞するためには現代美術の文脈を理解していなければならない"というのは当然なのかそうじゃないのか」に尽きると思っています。

大学の芸術教育においては「自分の作品が美術史のどこに位置するのか」ということを明確に言葉にしなければいけません。
講評会だったり論文だったり制作ノートだったりでそのことを述べないといけませんから。私も散々やらされました。
例えるなら、先行研究をもっと幅広い視点で解釈するということに近いのかな?
村上さんは自らも芸大の学生さんだったということは「自分の作品が美術史のどこに位置するのかちゃんと言葉にする」という洗礼を受けているハズです。
だから、「現代美術を鑑賞するためには現代美術の文脈を理解していなければいけない」という思考に自然となる。
「自分の作品を語る」というアカデミックな芸術教育を受けていない方は、何かきっかけがない限りはまずその作品を自分の主観で純粋に観ようとする。もしくは作家の気持ちになって鑑賞してみたりする。歴史うんぬんが先にこない。

どちらが優れていて劣っているというわけではなく、単純に環境の差でしかない。
現代美術の文脈を知っているかいないかは、より楽しむためにスパイスをかけるかかけないかぐらいの差でしかないと私は思います。
芸術を通して歴史のお勉強をするのではなく、単純に鑑賞を楽しむ限りにおいては。
現代美術の文脈を知ることが必要だと言うのなら、むしろ「知っていたらより楽しめるよ」という言い方をすべきだったのかもしれません。
知らないやつは現代美術を語るな!ではなく。