まゆたまガジェット開発逆引き辞典

電子工作やプログラミングのHowtoを逆引き形式で掲載しています。作りたいモノを決めて学んでいくスタイル。プログラマではないので、コードの汚さはお許しを

池田亮司さんは岡野版陰陽師の安倍晴明か?

TwitterのFollowさんたちが「池田亮司展よかった!」と最近呟いてたんで、東京仕事の帰りに寄ってみました。
池田亮司さんは音響系業界(なんだそりゃ)で知らない人はモグリというくらいメジャーな存在です。
ソリッドに研ぎすませて鳴らしてるサイン波が印象的な作家さんです。

が、私はピーピーガーガー系の音楽はあんまり好きじゃないので、今回の東京都現代美術館での池田さんの展示も正直なところうるさくてびっくりするだけだろうと思ってました(ファンの人すみません)。

が、びっくり。すごいよかった。特に前半のビデオインスタ。
認識・知覚できるかできないかギリギリの速さでひたすら大量のデータが流れてくるビデオインスタです。
データの美学っていうのかな。

映像というものは基本的には記号の集積なわけだけど、池田さんの作品の場合、流れてるデータに興味がある人にとっては知覚できるギリギリの記号の集積が見えていて、データに興味のない人にとってはただのノイズの集積としか映らない。
大量のデータがものすごいスピードで流れてくる映像は、まるでアカシックレコードみたい。
そこに世界のすべてが描かれてる、みたいな。

お前ら相変わらず欲望にまみれた生活してるんだろ?
オレはもっと高次元に行ったぜ!悟ったぜ!
そんな声が聞こえてきそうな感じでした。
池田さんは岡野版陰陽師安倍晴明みたいな存在なのかもしれません。
世界を数学的に捉えて読み解く、そんな存在。
あ、それか素子か。

展示はものすごくストイックでソリッドで、前半のビデオインスタは無菌室的な感覚がすごくありました。
私たちは普段生々しいものに囲まれて生活をしています。ですが、ネットワーク技術の発達により、インターネットの世界(と言っていいのか分かんないけど)が現実を浸食し始めている印象があります。

私たちの肉体が存在する世界を現実と定義するとして、インターネットの世界を仮想現実と位置づけるとすると、そのふたつが融解した世界での私たちの身体はどう存在するのでしょうか。
池田さんの作品のように生々しいものをすべてはぎ取り、人工物のようにあるべきなのか、それとも仮想現実にも生々しさを求め、新しい身体を獲得していくべきなのか・・・

今回の池田さんの作品は「お前らはすべてを捨てて高次元に行けるか?」という問いを私たちに突きつけていたように感じました。

で、池田亮司展を観た後のものすごいソリッドな余韻を消したくなかったから見終わってそのまま会場を後にしたんですが、美術館のすぐ外のベンチでカップルが仲良くお弁当を食べている風景を目撃してしまいました・・・

どうやら私はまだ高次元には行けそうにありません。