まゆたまガジェット開発逆引き辞典

電子工作やプログラミングのHowtoを逆引き形式で掲載しています。作りたいモノを決めて学んでいくスタイル。プログラマではないので、コードの汚さはお許しを

「可愛い」のに「恐い」村上隆さんの作品

と、長くなりましたが本題に。

私、村上さんのマネジメント能力はほんとに凄いと思います。
が。
作品が恐い。
恐怖を感じます。

なぜか。明確に言葉にできてないですが、「"可愛い"と思えるような構成になっているのに無表情に見える」からだと思っています。
絵や造形物のパラメータは明らかに"可愛い"をはじき出してるのに、なぜか恐い。
可愛くないわけではない。
でも、可愛いぬいぐるみや人形のように感情移入できない。
かといって感情移入するなというオーラを出してるわけでもない。
可愛い構成なのに無表情、だから恐い。
からっぽ。ゴーストがない、が近い?

絵はともかく造形物は彫刻作品なんだから、そんな感情移入は必要ないじゃん。
はい、私もそう思います。
が、作品の外見上がアニメのフィギュアに似てるが故に人はそこにゴーストを見てしまう。感情移入しようとしてしまう。村上さんの造形作品はそれを拒絶するどころか受け止めてすらいない。受け流してすらいない。余地が全くない。
透明な存在に感じることもない。何も無い。「そこにいる」のではなく「そこにある」。「いる」と「ある」の違いは大きい。

外見がアニメのフィギュアだから、オタクたちは村上さんの造形作品を大きな(自分たちが持っているものと同じ)フィギュアだと思い、でもそこに感情移入できないから否定するような気がしています。オタクたちは無意識にフィギュアをそこに「いる」存在だと思ってるから、外見は近くてもそこに「ある」村上さんの作品を理解できない。
理解できる人は村上さん自身をお好きな人か現代美術の文脈から作品を解釈できる人ではないか。

村上さんの作品と村上さんの作品を敬遠するオタクを分析することで、フィギュアはそこに「いる」存在なのかあくまでそこに「ある」存在なのかが見えてくる。じゃあそこに「いる」存在なのだとしたら、どうして無機物に感情移入できるのかが見えてくる。
こういう考え方をすると、芸術からロボットのことを考えることもできますね。


売るために作ってるからゴーストがないというのとはどこか違う。
あくまで村上さんは「可愛い」という記号を使って自分なりの表現をしているだけなのではないかと邪推してしまう。
村上さんは常に作品に対して客観的な姿勢で望んでいて、自分の主観で作品を作ってないんじゃないだろうか?
分かりませんが・・・

以上、あくまで私の主観でした。